2023年7月29日に開催された日銀の金融政策決定会合で植田新総裁率いる日銀が2016年以来続けているYCC政策の修正に踏み切った。
今回のYCC修正は昨年2022年12月に続くものだが、日銀によるYCC政策の修正は、25年近く続いた日銀による超低金利政策の終わりの始まりを意味すると考えられる。
当面の市場の反応に関しては、ネットなどで多数の識者諸君が情報発信をしていた、多くの読者は既に食傷気味と思われる。そこで今回は、少し大風呂敷を広げて、10年単位の長期的な影響や見通しを考えてみたい。
25年近く続いたゼロ金利政策
今回、日銀が修正に踏み切った現行の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」が始まったのは2016年からだが、その起源は何と25年近く前の1999年2月に日銀が始めた所謂「ゼロ金利政策」だ。因みに当時の政策金利は0.15%だった。
その後日銀は、ことあるごとにゼロ金利政策から脱却しようとした。また導入当初は、国内のみならず世界各国から異常な金融政策と揶揄されてきた。
しかし2008年9月に有名なリーマンショックが起きると、アメリカのFRBをはじめ各国の中央銀行は同じような政策を導入することになった。そして結果的に日銀は、四半世紀に渡って超々低金利政策を続けることになった。
今回の植田新日銀総裁によるYYCの修正は、この四半世紀続いた超低金利の金融政策の終わりの始まりを意味する可能性が高い。そしてこの日銀による歴史的な政策転換は、世界経済に超特大の影響を与えるかもしれない。
日本のお金が世界を周る
21世紀に入ってから世界の経済ではグローバル化が加速した。そして世界経済は成長を続け、同時に各国の株式市場などの金融資産や不動産などの価値は上がり続けていった。
しかし経済成長のためには投資が必要だ。要はお金、先立つものだ。国内の経済で言えば「余剰貯蓄」になる。国内に余分な貯蓄が無い場合には、仕方がなく外国から借金するしかない。そして借りたお金は返済しなければならない。投資に失敗した場合には借金を返済できなくなる。中南米などの多くの新興国が借金返済に苦しみ、しばしばデフォルトするのもこのためだ。
ここで一つ疑問が湧く。21世紀の世界経済の大成長を支えた「元手」のお金は誰が出したのだろう。単純に考えて外国にお金を貸せるのは「お金が余っている国だ」。もちろんイギリスの様に他国から借り入れたお金を別の国に貸し付ける「又貸し」で儲けている国もある。しかしどちらにしても最終的には「お金が余っている国」から調達してくる必要がある。
このお金が余っている国は「対外純資産」という経済指標で表される。普通は国際機関のIMFが毎年発表しているデータから計算される。「対外純資産」がプラスの国は世界に約五十カ国ほど存在する。しかし意外なことに、世界に存在する「余っているお金」である「対外純資産」の大半が僅か十カ国ほどに偏っている。
この世界の「余ったお金」の大半を保有している十数カ国で、断トツのシェアを誇っているのが何と我らが日本だ。
直近のデーターで世界各国の「対外純資産」を合計すると17兆ドル程度になる。日本円にすると2330兆円近くに上る。そして驚くべきことに、我が日本の対外純資産は3兆ドル、一ドル140円で計算すると430兆円にもなる。この数字は日本のGDPの560兆円に迫る巨額の金額だ。そして世界の対外純資産全体に占める日本のシェアーは約18%にもなる。ちなみに、この18%という比率は、1980年代のバブル経済の時代の世界経済に占める日本経済の比率とほぼ等しい(現在は5%ほど)。
因みに対外純資産の日本以下のランキングは、二位がドイツ三位が中国で、それぞれ2兆ドル台、四位香港、五位が台湾でそれぞれ1兆ドル台となっている。その後はスイス、ノルウェー、シンガポール、サウジ、オランダと続いている。ここまでで世界の対外純資産の80%以上を占めている。13位まで範囲を広げるとほぼ90%近くになる。
逆に世界最大の借金国はアメリカで断トツの一位。対外純債務は9兆ドルを超えている。世界全体の対外債務のシェアーは何と50%を超えている。ドルが基軸通貨とうことが影響しているが、それにしても凄い数字だ。
日本と中国のお金をアメリカが使う
この世界的な債権債務の金額から見えてくるのは、「日本と中国が稼いだお金をアメリカが使う」という構図だ。そしてアメリカ(とイギリス)が借り入れた資金は、NYとロンドンの金融市場を通じて、何倍にも膨らまされて世界中に貸し出されているという姿だ。
その仕組みの中心は、以下のようなものだろう。
日本と中国は輸出をして雇用を維持したい。そのためには、円高(元高)を防ぐ必要がある。そこで輸出で稼いだ余剰ドル資金でアメリカ政府が発行する米国債を大量に買い入れる。
そうするとアメリカ全体の長期金利が低下する。その結果としてアメリカで特に不動産ローン(モーゲージローン)の金利が大幅に低下することになる。その結果としてアメリカを中心に不動産価格が急上昇し、アメリカは不動産ブーム(バブル)に沸くことになる。不動産以外にも、金利低下はオートローン金利の低下を引き起こし自動車の売れ行きも上がる。
アメリカで不動産ブームが発生すると、結果としてテレビや洗濯機、家具などに対する膨大な需要が生じる。アメリカは必要なものは自国で生産するのではなくて、中国などの外国から大半を輸入して賄うことになる。
結果として中国やアジア諸国の経済が輸出で急激に成長する。中国やアジア諸国は、対米輸出で稼いだ膨大な黒字を再びアメリカ国債に投資する。
この貿易黒字で稼いだドルによる、「アメリカ国債購入>アメリカでの金利低下>アメリカでの不動産ブーム>輸入の急増>巨額の貿易黒字>アメリカ国債の購入…」という無限ループが繰り替えされることで世界経済は驚異的な発展を遂げたと考えることも出来る。
日本が金利を上げると無限ループが終わる
この世界経済の高成長を金融面から後押ししたのが、25年近く続いた日本の超々低金利政策だと考えることも可能だろう。
しかし、日銀の金融政策の修正で、とうとうこの「無限ループの拡大再生産システム」が終焉に向かうことになる。
この後に想定されるのは、20世紀の末から四半世紀の長きに渡って続いた「世界的な信用拡大」の巻き戻しが起こる可能性だ。
因みに、この低金利と不動産バブルの無限ループの一翼をになった中国に関しても、過去20年の経済成長の多くが、日本企業の投資によるものだと言うことを付け加える必要があるだろう。中国、香港、台湾の中華圏が保有している4兆5千億ドル(500兆円以上)の対外純資産のかなりの部分が、日本から中国への直接投資の賜物である可能性が高い。この分もカウントすると、世界経済全体への日本の貢献は更に大きくなる。
高齢化と人口減少によるインフレはしつこい
今回、日銀がYCCの修正に踏み切った理由はご存じの通り「40年ぶりのインフレ」だ。そしてインフレの直接の原因は、もちろんロシアによるウクライナ侵略だ。しかし物価統計をよく観察すると、企業間の物価である企業物価指数はウクライナ戦争の一年近く前から上昇を始めている。タイミングとしては、新型コロナ向けのワクチンの供給が始まったタイミングだ。同じころ欧米では消費者物価の上昇が始まっている。
当初はこの物価上昇は、コロナからの正常化の過程による一時的なものと考えられていた。しかしながらアメリカや欧州では物価の上昇が3年近く続いている。また日本でも2022年に続いて2023年の半ばになっても物価の上昇が収まる気配がない。
もし今後も物価の上昇がおさまらない場合には、コロナと戦争以外の要因が働いていることも有り得ることになる。そこで一番考えられるのが「高齢化」と「人手不足」だ。
日本の超高齢化に関しては10年以上前から周知の事実だ。ただ、過去10年程は定年退職した高齢者を再雇用したり、女性を活用するなどして何とかやりくりして来た。しかし来年2024年には、団塊の世代の全員が75歳以上の後期高齢者になり、国内での労働者の確保は限界を迎えるだろう。
また同時に21世に世界の工場となった中国でも、長年続いた一人っ子政策の影響で、とうとう人口が減り始めた。そして今後は日本の二倍のスピードで超高齢化社会に突入していくことが予想されている。21世紀の世界経済を支えていた中国の安い労働力が、とうとう枯渇するのだ。
また日本や中国以外の世界各国でも、新型コロナのパンデミックを受けて、中高年を中心に退職年齢を早めたり、リモートワークが可能な仕事に転職する動きが高まってきていいる。特に「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる医療や介護、トラック運転手や小売り業などの感染リスクの高い鞘腫から離職する労働者が急増しているそうだ。
世界的に続いている「しつこいインフレ」の正体が、ウクライナ戦争やコロナによる一時的な要因以外の「人手不足」にあるとすると、今続いているインフレは相当しつこいことになる。
日本がインフレで世界がデフレの世界
この「しつこいインフレ」に関して最近話題になったニュースがある。2023年6月の消費者物価指数(CPI)が日米で逆転したのだ。CPIの日米逆転は8年ぶりだそうだが、もうすこし長期的にみると、1990年代からアメリカが2%台のCPIで日本はほぼ0%という時代が長かった。こんかい日米が逆転したCPIの状態が定着するかどうかは、今後の推移を見守る必要があるが、トレンドとして定着した場合には、40年続いた常識が逆転することになる。
そこで将来のリスクとして極端な世界を想像してみたい。そらは日米のインフレ率が逆転した世界だ。日本は長年デフレに苦しめられてきた。しかし一方で、今後の超高齢化社会は止めようがない。少なくともあと30年程は労働力の減少が続く見込みだ。そうなると極端な人手不足が想定される。
もちろん技能実習生など様々な形態をとりながら外国人労働者の導入も行われるだろうが、膨大な高齢者と不足する労働者の数を考えると焼け石に水の感は否めない。
そうなると、人手不足を原因に、かなりの長い期間に渡ってインフレが高止まりするかもしれない。そうなると日銀も最終的には、政策金利の引上げに追い込まれるだろう。
一方でアメリカを筆頭に世界の債務国は、安い金利を目一杯利用して経済を水膨れさせてきた。しかし日本や中国からの安い資金商品品の供給が途絶えると、低金利で底上げされてきた需要が高金利に耐えられず、一気に収縮することになるかもしれない。
高金利からアメリカで不動産市場の拡大が止まると、家電や家具などの輸入減から世界的な経済の縮小を招くかもしれない。今回の日銀によるYCC修正は、一歩間違うと世界的大不況の引き金になるかもしれない。
世界恐慌の可能性も
もし日米のインフレ率が逆転し、日本の長短金利が上昇するよな事態になれば、日本から資金を借りているアメリカを中心とする債務国はより高い金利を要求されるようになるだろう。
そうなると、NYやロンドンの金融市場を通じて、間接的に日本の資金を借りてきていた新興国を中心とする他の国の借り入れコストも上昇することになるだろう。一部は脱落する国も出てくることは想像に難くない。
最悪の場合には、日本の金利上昇を通じて、一種の「世界的な信用収縮」が発生し、最悪の場合「世界恐慌」に発展するかもしれない。イメージとしては1929年の株価暴落で始まった世界大恐恐のような状況だ。
日本のデフォルトは起きない
SNSなどでは一部では、今回のYYC修正を日本の財政破綻と結びつける意見も目立つ。長期金利が上昇すると1000兆円を越える国債の利払いが急増して、日本の財政が破綻し最終的には円が暴落して日本は破滅するという意見だ。
しかしこの日本デフォルト論は重要な点を見逃している。それは金利が更に上昇すると言うことは、物価がそれを上回る上昇をしている可能性が高いと言うことだ。つまりインフレだ。そしてインフレが進行すると「税収が増える」という点を見逃している。所謂「インフレ税」と呼ばれるものだ。国債が日本国内で消化されている限り、金利上昇による国債の利払いの急増は、インフレによる増税でカバー可能だ。日銀にによる金利引上げが、実際のインフレを後追いする形になれば(たぶんそうなる)、膨大な国の借金の実質的な負担も減少する。日本の財政は破綻するより改善する可能性が高いかもしれない。
一方で日本は、国内には2000兆円近い膨大な金融資産のストックを持っている。また前述の通り日本は世界最大の対外純資産大国であり、昨年2023年のドル売り円買い介入で少し減ったとは言え180兆円近い世界一の外貨準備を誇ってもいる。
そして日本が膨大な対外資産を保有しているということは、逆に言えば借りている側もいると言うことだ。常識的に考えれば、金利上昇で困るのは借金をしている方だ。日本の金利上昇で一番の影響を受けるのは、日本政府ではなくて、日本から実質的に資金調達をしている赤字国と言うことになるかもしれない。
破綻に瀕するのは、日本政府ではなくて海外の方と考えるのが妥当だ。
常識を疑え
ここ何年か世間では、FIREという言葉が一種のブームになっていた。株式などのインデックス投資などで資産運用をして経済的自立を達成して、サラリーマンとおさらばするという考えだ。しかし、この考え方には、1980年代初頭の高インフレを境にして、約30年に渡って世界的に金利が低下し続けてきた環境が大前提になっている。
この超低金利下で、ここ数年は新型コロナのパンデミックがあったにも拘わらず、世界的に株価や不動産などの資産価格が急上昇して来た。
世の中の人は、15年前にあったリーマンショックや、その前にあったITバブルの崩壊と低迷などみんな忘れてしまっているようだ。
しかし、もし日銀が約20年ぶりに、本格的に金利を引上げる方向に舵を切ったとするならどうだろう。今回の植田日銀によるYCCの修正は、もしかしたら過去30年続いた世界的な超低金利が終焉を迎える兆候なのかもしれない
そうであるなら世界経済の構造的な大変動は避けられないだろう。
あとがき・・・日経に同じような記事が出ていた
ブログを書いている途中でニュースをチェックしていたら、同じような趣旨の記事が日経新聞に出ていた。すこし驚いた。

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