去る3月11日の週末に、突然アメリカカリフォルニアのシリコンバレーバンク(SVB)という漫画のような名前の銀行が突然破綻した。この銀行破綻を切っ掛けに、突然世界的な金融危機が始まった。あれよあれよと言う間に、アメリカのNYでシグネチャーバンクという地銀が倒産。そして火の粉は欧州に飛び火して、僅か一週間足らずでグローバルな大手銀行の一角であるクレディ―スイス銀行が、スイス政府の仲介と支援の下に、同じスイスのライバルでもあるUBS銀行に買収されることになった。
この件を巡ってはTwitterなどのSNSで様々な情報が飛び交っているが、普通の人にとっては、一体何が起きているのか意味不明だろう。
と言うことで今回は、金融危機を知ったかぶりで語るためのマニュアルと題して、簡単な解説を書いてみた。
取り付け騒ぎ
今回最初に倒産したカリフォルニアのSVB銀行だが、所謂”取付騒ぎ”が発生したようだ。意外に思うかもしれないが、銀行と言うのは、預金者が一斉に預金を引き出そうとすると、敢え無く倒産してしまう。
理由は中学生でも分かる簡単な事で”預金はすぐ解約できる”が、”融資はすぐには返済されない”からだ。銀行業と言う産業は、”預金者が一斉に預金を引き出すことはあり得ない”という儚い前提に立っているのだ。非常時には意外に脆い。
史上初のSNS金融危機
”取付騒ぎ”の切っ掛けになったのは、直前になされたSVB銀行による約18億ドル(約2400億円)の損失の発表だ。ただ、この銀行は預金を含む総資産が28兆円程ある。仮に10%の自己資本としても2兆円以上あることになり、本来ならこの程度の損失は吸収可能なはずだった。
この損失をカバーするために、SVB銀行は株式を発行するなどして、22億500万ドル(3000億円)の増資をしようとした。もしこの増資が成功していれば、特に問題はなかったはずだ。
しかしTwitterなどのSNSで、この損失のニュースが広がると、預金の引き出しが一気に発生し、一日で5.5兆円という、預金総額20%近い金額が引出された。これだけ大量の預金が引出されると、幾ら大手銀行でもお手上げだ。手元の現金の大半は貸し出されていて、手元には数%の現金しかないのが普通だからだ。売れるものは売って、借りられるものは全て借りたとしても万事休すだったろう。
ちなみに、この取付騒動の発端として、ある種の陰謀論が流れている。共和党支持で有名な某IT長者のベンチャーキャピタリストが、SVB銀行からの預金の大規模引上げを勧めた(煽った?)との観測が出ている。来年の大統領選挙に向けて一種の金融パニックを作り出そうとしたのでは?との話だが、真相は藪の中だ。今回の取り付けはそれぐらい唐突だった。
損失の原因はFRBの利上げ
SVB銀行が多額の損失を出した原因は、ずばり”FRBの利上げ”だ。既に報道されていることだが、SVB銀行は、コロナ禍のテック企業のバブルの影響で、過去3年ほどで預金総額が3倍にも増えていたそうだ。これだけ急激に預金が増えると、融資を増やそうにも間に合わない。集めた預金は、国債などの債券で運用せざるを得ない状態だったようだ。実際に預かっている預金の半分を超える52%ほどを国債や住宅ローン担保証券(MBS)で運用していたようだ。
資産運用をしている人なら必ず最初に聞く話だと思うが、”金利が上がると債券価格は下落”する。2022年にFRBが急激な利上げを行ったことで、SVB銀行も保有していた国債やMBSに多額の損失が発生した模様だ。
しかし金融のプロ(でなくても)、金利が上がれば国債などの債券に損失が出るのは初めから分かっている。普通は金利上昇に備えて、損失が限定されるようにするのが普通だ。
その意味では、今回の取り付け騒ぎの切っ掛けは、”SVB銀行の経営陣が素人同然”だったという驚くべき結論になる。
SVB銀行の経営陣には、元FRBの幹部や、何と元リーマンブラザーズの幹部など”金融のプロ”っぽい人材が務めていたそうだが、ただの”間抜け”だったようだ。
日本でも財務省OBの元高級官僚が、地銀の頭取になるのは良く聞く話だ。大丈夫だろうか?他山の石としたいものだ。
クレディスイスは貰い事故
可哀そうなのがクレディスイスだ。SVB銀行とクレディスイスの間には何も関係がない。銀行と言う以外に殆ど共通点もない。にも拘らず、SVB銀行の危機が伝えられた翌週には、株価が急落する事態となった。そしてあっと言う間にスイス政府の管理下で、ライバルのUBSによる買収に追い込まれてしまった。
そしてクレディスイスの救済後には、今度は欧州の雄である”誇り高きドイツ銀行”の株価が急落する事態となっている。
ただ仮に”貰い事故”だとしても、噂で実際に預金が引出され始めると、加速度的に事態が悪化する可能性はある。特にスイスの銀行に関しては、海外からの預金の比率が高い。今回スイス当局が先手を打ったのも、この可能性に配慮したためかも知れない。
次のターゲットになって居るドイツ銀行に関しては、取引先の超大企業(ダイムラーベンツやAllianz、シーメンス、BSFAなどなどドイツの一流企業)が、預金を競って引き出すとは思えず、杞憂に終わる可能性が今のところ高い。
SNSで危機がなくても危機が起きる
ここまで読んで、SVB銀行が自ら招いた損失で破綻したのは理解できたとして、なぜカリフォルニアから遥か彼方のクレディスイスやドイツ銀行が経営危機になるのか理解不能な人も多いだろう。
最初に触れたが、銀行と言う業種は預金が一気に引き出されると、”たとえ黒字でも倒産”してしまう性質を持っている。物凄く健全で利益を上げている銀行でも、何かの”噂”などで預金が一斉に引き出され始めると、一気に倒産に追い込まれることがあり得る。
以前であれば、取り付け騒ぎが発生しても同じ都市の中、同じ国の中で留まることが通例だった。しかし現在では、SNSとスマホ、インターネットで世界が繋がっている。情報は一瞬で世界を駆けまわる。突然、遥か彼方の何の関係もない国や地域で取り付け騒ぎが発生する可能性も、スマホとネットの時代には否定できない。
史上初のスマホ取り付け騒ぎ
更に厄介なのが”ネットバンキング”の存在だ。例え100万円程度の預金でも、100万人が一斉に預金を引き出すと、総額は1兆円になってしまう。SVB銀行では、まさにこれが起きたようだ。
支店に預金者が列を作るタイプの今までの取り付け騒ぎなら、事務作業の限界で預金の流出スピードにも限度があった。ダラダラ事務をしている間に(支店の担当者は地獄だろうが)当局は手を打てた。しかし「スマホ取り付け」の場合には、銀行のコンピューターの処理速度と通信速度が対応までの残り時間を決めてしまう。
銀行では、瞬時に資金の移動を監視できるように努力しているが、SVB銀行のような地方銀行では、預金の増減をリアルタイムで監視出来ていたかは疑問だ。若しかしたら1時間に1回程度だったのかもしれない(もしかしたら半日に一度?)。また通常銀行の支店には、それ程の額の現金を置いていない。大量の現金引き出しに対応して、多くの支店から”追加の現金を送ってほしい”との連絡を受けて、経営陣は初めて事態の深刻さに気付いたのかもしれない。そして気付いた時には、既に時遅しとなってしまったのかもしれない。
また銀行を支援監督するFRBや財務省などの当局としても、全部の金融機関とオンラインで結ばれて、瞬時に監視できるようには流石になっていないはずだ。最大でも日報ペースでの報告とモニタリングが関の山だろう。気付いた時には、当局も対応出来ない状況に陥ってしまう事は十分あり得る。
ツイートがきっかけで金融恐慌も
金融業務、特に銀行業は、その仕組み上、”悪い噂”が広がると、あっと言う間に”自己実現的”に事態が悪化してしまう事が十分あり得る。たった一つのSNSが切っ掛けとなって、大量の預金の引き出しが同時に発生すると、実際に”世界金融危機”が発生してもおかしくない。
世界金融恐慌は大げさとしても、為替市場などが大混乱に陥ることは想像に難くない。
また大規模な取付が発生すると、大量の現金が引き出される。日銀やFRBはどは危機に備えて”大量の現金を備蓄”しているらしいが、足りるかどうかは分からない。そうなると現金の替わりに不動産や絵画などの美術品、金などの貴金属やダイヤなど宝飾品(更にビットコインなどにも)に資金が流入するなど、実際起きてみないと何が起きるか分からない。とにかく経済は大混乱に陥るだろう。
異例の全額預金保護!!
今回のSVBを切っ掛けとする金融危機では、米当局の財務省、FRB、預金保険のFDICが異例ともいえる”全額預金保護”に踏み込んだ。本来アメリカでは、預金は10万ドルまで、退職金積立預金などを入れても最大で25万ドルまでの預金しか保護されていない。SVB銀行の場合には、95%近い預金が、預金保険の対象額の大口預金だったようだ。
もし全額保護をしないまま、チャプター11などの破綻手続きに入ると、仮に後で預金の大半が戻ってくるとしても、裁判手続きが完了するまでは、預金の引き出しが一時的に出来なくなる。
資金の決済が出来なくなった企業は倒産する。黒字だろうが、世界を変える画期的な技術を持っていようが、資金決済が出来ない(昔なら手形が落とせない)時点で、その企業は債務不履行状態になり、事実上倒産する。
これが大規模に起きれば、経済が大混乱に陥るのは必至だ。
日本でも1997年の拓銀ショックの際に、この倒産ラッシュが北海道で局所的に発生した。拓銀の廃業で預金が引出せなくなったわけではないが、多くの中小企業が1ヵ月程度の短期(主に手形貸し付け)で拓銀から運転資金を借りていた。その借入のロールが出来なくなると、多くの企業は在庫の仕入れが出来なくなり、売掛金の回収までの繋ぎ資金の借入も出来なくなった。そして多くの企業が連鎖倒産することになった。
日本政府が1998年に一転して銀行への公的資金投入に踏み切ったのは、これが原因だ。
以上が今回米政府とFRBが異例の”全額預金保護”に踏み切った背景だ。
但、異例の措置を継続すると副作用も懸念される。
銀行経営者のモラルハザードだ。
モラルハザード
政府が倒産した金融機関の預金を全額保護するとの前例が作られると、当然の如く”副作用”が発生する。
副作用の一番は”銀行経営者のモラルハザード”だ。いざとなったら預金が保護されるとなれば、銀行経営者は、”自分のボーナスを最大化する”ために、無謀にもリスクの高い取引に邁進するようになるかもしれない。
2番目に懸念されるのが、株式市場など市場全体のモラルハザードだ。2008年のリーマンショックの遠因として、1980年代から、当時のFRB議長であるアラン・グリーンスパンが、株価の暴落や金融危機の度に利下げで対応したことから、”危機の際にはグリーンスパンが救ってくれる”との所謂”グリーンスパン・プットオプション”との言葉が広がっていた。
今回のSVB銀行倒産でも”結局最後は当局が救済してくれる”との考えが安易に広がれば、愚かで短絡的な銀行経営者の無謀なリスクテークを奨励し、次のより大規模な金融危機の遠因となるかも知れない。
副作用・・・通貨不安
預金全額保護の副作用でモラルハザード以外に懸念されるのが、一種の”通貨不安”だ。無制限に救済が行われた場合には、危機の度に”通貨が限りなく希薄化していく”懸念が生まれる。足元で強烈なインフレが進行している状況下では猶更だ。ビットコインの誕生も2008年のリーマンショックとグローバル金融危機の際に行われた無制限(無節操)な銀行救済に対するアンチテーゼを背景としているのは有名な話だ。
最終形態はCBDCによるナローバンクか?
実は、愚かなバンカーや強欲な市場(それにSNSに踊らされる大衆)による金融危機を防ぐ抜本策は存在する。所謂”ナローバンク”と呼ばれるものだ。
ナローバンク・・・融資しない銀行
このナローバンクでは、預かった預金は全て日銀などの中央銀行に再預入れされる。融資やローンは行わない。当然金利も殆ど付かないかもしれない。
金利収入(というか運用益)が欲しい場合には、”元本保証のない”投資をしなければならない。要は投資信託のようなものを通じて企業に融資する形だ。
決済とリスクのある投融資を切り離し、倒産が決済資金に波及しない仕組みだ。
イスラム金融がモデル
意外なことに実はこのナローバンクに近い金融制度が世界には存在する。それは”イスラム金融”だ。イスラム圏では、聖典のクルーアン(コーラン)で利子を禁止している(実はキリスト教の”聖書”でも本来は利子を禁止している)。預金者は銀行の紹介するファンドに投資する形で利子を受け取っている。
日銀コインが究極の解決策
更に最近流行のビットコインなど暗号資産をナローバンクに組み合わせると”最終形態”になるかもしれない。特に中央銀行が発行する”CBDC(中央銀行暗号資産)”を使えば、膨大な事務などもデジタルに効率よく管理可能だ。イメージは日銀が”日銀コイン”を発行するような形態だ。場合によっては、国民全員がマイナンバーに紐づけられた日銀口座を保有してもいい。そうなれば、コロナ給付金のようなものも一発で入金が可能になる。煩雑な事務をパソナや電通に委託する必要もない。最近話題の”振込め詐欺”も困難になるかもしれない。
金融全体主義も
ただ中央銀行によるCBDCが導入されると、国民の資金の流れが完全に政府に把握されることになる。脱税や資産隠しが理論上は不可能になる。一種の金融全体主義ともいえる状況だ。マイナンバーの導入すらままならない状況で、一気に導入するのは無理だろう。
そこまで心配しなくても、メガバンクなど既存の金融機関は、何かと理由を付けて大反対するだろう。よほどの危機(第三次世界戦争、大恐慌、超パンデミック)でもない限り実現は無理だろう。
導入は次の大恐恐か?
中央銀行による暗号資産であるCBDCを使ったナローバンクが導入されるとしたら、それは”次の大恐恐”のような世界的な危機が訪れた後だろう。もしかしたら次のパンデミックや、場合によっては”第三次世界大戦”の後かもしれない。
それまで私たちは、引続き銀行倒産のニュースを聞いて、不安に振り回され続けることになりそうだ。
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