最近Twitterなどで「FIRE卒業」が話題のトピックに挙がっていた。実際は、コロナ禍で話題になったFIREブームが一巡して、予想通り俄かFIRE派が脱落しただけだろう。
ただ貴重な時間と労力(そしてお金)を浪費してFIREを目指したものの、途中で挫折するのは不幸だ。ということで今回は、実際にFIRE(セミリタイア)生活をしている身として、FIREの向き不向きについて記してみたい。
人と会うのが苦手…適性あり
やはり一番重要な適性は「人と会うのが苦手」「人と話すのが億劫」など対人関係に関するものにだろう。私は特に人見知りと言うわけではないが、人と会わなくても特に問題ない。時には一週間ぐらい人と話さないこともある。特にコロナ禍になってからは、生活の殆どすべてをリモートに切替て、買い物も殆どすべてデリバリ―にしたことから、直接人と会う機会が激減した。といって精神を病んでいることは(一応本人の自覚としては)ない。毎日快適に楽しく暮らしている。
ただ、人によっては、他人と毎日会話しないと頭がおかしくなるという人も居るだろう。FIRE・セミリタイアすると、会社員時代と比べて人と会話したり人と会ったりする機会が極端に減るので、予め認識しておきたい。
パチンコが趣味・・・適性なし
パチンコやギャンブル全般が好きな人は、まずFIRE・セミリタイアには向かないだろう。FIREをするにはある程度の資産が必要になる。生まれながらに大金持ちな人以外は、地道に資産形成をすることになる。既にインデックス投資で積立をする方法が常識になっている。この積立投資は、株式の長期的投資リターンがプラスだという統計にベットするものだ。そして、この方法論の元になっているのが「確率・統計論」だ。しかしパチンコをはじめとしてギャンブル全般は、確率的に期待リターンがマイナスだ。続ければ続けるほどマイナスになて行く。パチンコやギャンブルに嵌るということは、この基本的な原理を理解していないということになる。
またFIRE・セミリタイアした後は、手持ちの資産の運用益で生活することになる。この際にも資産を「確率・統計」の知識に基づいて管理する必要がある。ギャンブルに嵌る人には正直無理だろう。
ギャンブルに嵌る人にはFIREは止めた方がいい。
一攫千金を目指す人・・・適性なし
世の中には「一攫千金」に弱い人が多い。いくらリスクを説明しても詐欺に引っかかる人達だ。こういう人は、根本的な問題を抱えているのかもしれない。客観的な自分の姿と理想の自分との間に大きな溝があるのかもしれない。所謂「認知的不協和」状態にあるのかもしれない。その溝を埋めるために「一発逆転」を目指して「一攫千金」に嵌るのかもしれない。
最近もSNSなどで「レバナス」が話題になった。暗号資産への投資でFIREを目指す人もいるようだ。だが、確率的に考えてほぼ無駄骨に終わることは確実だろう。
また、仮に「一攫千金」に成功したとしても、その後のFIRE・セミリタイア生活が続かないだろう。なぜなら、この種の人たちがFIREを目指すのは、「認知的不協和」の解消が目的だからだ。残念ながら、多少のお金があっても、この現実と理想のギャップを埋めてはくれない。結局は、人との繋がりを絶たれて「悶々とする」ことになる。SNSなどで富裕層のインフルエンサーが、必至で自己主張しているのを見ても、このことは明白だ。数百億円を持っていても「認識のギャップ」を埋められないのなら、数千万から数億のお金では言うまでもない。
当然のことながら、この種類の人は長期的な資産運用を継続することは不可能だろう。いくら頭で理解できてても、認知的不協和の状態にあるため「衝動を抑えきれない」のだ。
FIREは止めた方がいい。
スポーツが苦手…適性あり
一般的な印象としてFIRE・セミリタイア民は、スポーツが苦手な人が多い印象がある。スポーツ全般というより「他人と競争するのが苦手」「そもそも勝ち負けに興味がない」というところか。FIREした人の中にもスポーツやアウトドアを楽しんでいる人も多いだろうが、登山やランニング、サイクリングなど一人でするスポーツが多いようだ。
逆に何かにつけ「他人と比較したがる」「他人に勝ちたがる」人にとっては、比較する対象がいなくなるFIREは苦痛でしかないのかもしれない。よく引退したスポーツ選手などが精神を病んでしまうことを耳にするが、彼らにとって他人と比較されなくなること自体が、人としての存在意義を失うような恐怖を感じるのかもしれない。
酒を呑むのが苦手…適性あり
これも人間関係に関係することだろう。私の会社員時代の知り合いの中にも「ほぼ毎日のように飲みに行く」人がいる。よく毎日続くものだと逆に感心してしまうのだが、こういう人はFIREには向かないだろう。逆に会社の飲み会が苦手。コンパなど飲み会自体が苦手、そもそもお酒が飲めないなど酒全般が嫌いな人は、概してFIRE適性が高いと言えるかもしれない。
引き籠り体質・・・適性あり
FIREすると自然と「家に居る」ことが多くなる。人によっては、これも耐えられないようだ。私自身は、毎日ブログを書いたり、語学や音楽やPCなど趣味の勉強をしたり、読書やゲームをしたりとやりたいことが一杯で、正直なところ時間が足りないと感じている。
しかし家に居るのが退屈で、毎日どこかに出かけないと気が済まない体質の人は、FIREにチャレンジするのは止めた方がいいかもしれない。
SNSで目立ちたがる・・・適性なし
私もTwitterを利用しているので、あまり人のことをとやかく言う立場にはないが、Twitterなどには「投資家と繋がりたい」や「FIREを目指す人と繋がりたい」というアカウントを多数見かける。こういう人は正直FIREには向いていないかもしれない。
私がTwitterを利用しているのは、主にニュースをチェックするのが目的で、「繋がりたい」と思ったことは一度もない。見ず知らずの人と繋がってどうするのだろうと何時も訝っている。大半がSNSマーケティング目的だろうが、中には本気で「仲間を求めている」人もいるのかもしれない。
前にも書いたが、FIRE・セミリタイアと言うのは基本的に「孤独」になることだ。既存の会社や組織を離れてしがらみから解放されることだ。だが同時に「人間関係の大半を失う」ことでもある。繋がりを求める人は、そもそも人間関係を失うことに耐えられないのではないだろうか。悪いことは言わない、FIREは止めた方がいい。
もちろん以上の中には、ブログなどで投資に関する有益な情報を発信している人達が含まれないことは言うまでもない。
バーベキューが苦手…適性あり
バーベキュー自体が悪いというわけではなく、やたらと集まりたがる人という意味。逆にバーベキューなど人と集まることが苦手の人は向いている。
ファッションが苦手…適性あり
ファッションというのは一種の自己主張だろう。他人の承認を求める行為だ。またマウンティングの手段だろう。そう考えるとFIRE・セミリタイアとは対極の価値観だ。私自身は、もともと体型が短足胴長の典型的な日本人体形で、元から洋服には興味がほとんどない。他人に不快感を与えないように、清潔な洋服を身に着けるようには気を付けているが、ファッションセンスは勿論ゼロだ。
最近は、近所に出来た「ワークマン」を愛用している。客観的に見れば「ガテン系のオジサン」と思われているかもしれないが、他人にどう思われようと特に関係ない。真昼間から街をぶらついても、警官に職務質問を受けたことがないので、ぎりぎりセーフだと思っている。
車の運転が苦手…適性あり
私は正直言うと「車の運転が苦手」だ。男なら車ぐらい運転できないと、社会人失格のように思っている人多いようだが、実は車の運転が苦手という人は意外に多いようだ。また現代社会で「車」は、住宅つに次ぐ金食い虫だ。
自動車というのは、一種の社会的ステータスを表象する手段でもあるだろう。FIRE・セミリタイアとは、この社会的ステータスを自ら捨てる行為だ。
最近よく「煽り運転」のニュースを耳にする。車の運転を止めれば、事故にあわなくなるだけでなく、煽り運転をするような「厄介な人たち」と関りを持つこともない。FIRE・セミリタイアにとっては、車の運転は「百害あって一利なし」の典型だ。
FIRE・セミリタイアする要諦の一つは、支出の管理だ。この金銭的な意味に加えて、社会的ステータスの意義から「車が手放せない人」は、FIRE・セミリタイアは諦めた方がいいかもしれない。地方などので必要な人もいるかもしれないが、それなら格安の中古の軽で十分だろう。
因みに、私は車の運転がしたくなった時は、ユーロトラックシミュレーターというゲームで運転を楽しんでいる。事故を起こしても問題ない。
結論:孤独が好きかどうか
色々と書いてきたが、まとめると「孤独が好きかどうか」という点に集約されるように思える。まず、FIREの準備段階での積立投資は、一人で黙々とするものだ。誰も褒めてくれない。知識もネットが使えるとは言え、結局は自分で習得するしかない。
またFIRE・セミリタイア後も基本的にすべて自分でする必要がある。税金の処理や社会保障関連の手続きから始まって、基本中のキである「資産管理」まで、結局、責任を負うのは「自分自身」になる。誰も迷惑をかけない代わりに、だれも気にしてくれない。
この「孤独」な状態に耐えられないのなら、FIRE・セミリタイアはトライしない方がいいと思う。
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