中東にあるカタールの首都ドーハで、4年に一度のワールドカップが行われている。日本代表チームは、残念ながら目標のベスト8には届かなかったものの、強豪国であるドイツやスペインに逆転勝ちするなど世界を沸かせた。
このワールドカップに関するニュースを見ていて感じたのが、20世紀型の「国民国家の終焉」と、21世紀型の「都市国家の勃興」だ。
カタールのドーハは日本が作った
天然ガスの上に浮かぶ都市国家
ワールドカップが行われているカタールと聞いて、直ぐに場所が思い浮かぶ人は多くないだろう。中東のペルシャ湾に面した産油国だ。人口は300万近くいるらしいが、大半が外国人労働者で、生粋のカタール人は、30万人弱ぐらいしかいないらしい。規模としては所沢市の人口ぐらいだ。
もとも天然真珠で有名だったが、日本の養殖真珠の影響で衰退。1940年代からは石油と天然ガスの産出が始まり、よくあるアラブの金持ち産油国となっている。
近年では、石油産業以外にも力を入れていて、中東初の衛星テレビ局であるアルジャジーラや、豪華な設備で有名なカタール航空が有名だ。また中東に駐留する米軍の巨大基地が置かれていて、アフガンやイラクへの補給拠点にもなっている。
都市ガス代で出来た街
ワールドカップの中継などを見ていて、高層ビルや高級ホテルが林立しているのに驚いた人が居るかも知れない。さすがドバイと並ぶペルシャ湾の金持ち国家の面目躍如と言うところだが、実はあのビルの殆どは日本からの金で出来ている。というのもカタールの主な輸出品は「天然ガス」だからだ。この天然ガスを歴史的に一番買っているのが、我が国日本だ。ロシアと欧州など陸続きな場所を除き、天然ガス(LNG)は、超低温で液化して、専用のLNGタンカーで輸送する必要がある。液体のままタンカーに積めば輸出可能な石油と違い、専用の設備に巨額の投資が必要になる。その設備を一番持っているのが日本だ。と言うことで、実はあのビルや五つ星のホテルは、皆さんが払った都市ガス代で出来ている。
外国人労働者の奴隷労働
ワールドカップ開催に際して欧州などを中心にカタールの外国人労働者の扱いが問題になった。もともと殆ど人が居ないカタールなど湾岸諸国では、労働者の多くを外国人に頼っている。パキスタンやバングラディッシュなどを中心に、ホテルなどのサービス業ではフィリピン人なども多く働いているそうだ。そうした外国人労働者の多くがが過酷な状況で労働を強いられ、賃金未払いや暴力行為などが頻発しているらしい。
シンガポールがモデル
21世紀に入り、カタールのドーハの様な都市国家が最近増えている。一番有名なのが東南アジアのシンガポールだろう。元々は英領マレーシアの一部だったが、中国人の華僑とインド人が多すぎて、マレーシアの独立の時に華僑に経済が支配されることを嫌ったマレー人にハブられ、しぶしぶ中国人とインド人だけで独立した。それで結果的に都市国家になったのだが、その後に伝説のリー・クアンユー首相主導の元、地の利を生かしたコンテナ輸送や石油精製、金融、世界的に評価の高いシンガポール・エアーで有名になった。今では日本を抜いてアジアで一番豊かな国になっている。近年では、日本をはじめ世界各国から低税率と治安の良さで富裕層を引き付けている。インフィニティ―・プールで一時話題になったマリーナ・ベイ・サンズもシンガポールのベイエリアにある。
ドバイが真似をする
このシンガポールを真似したのが有名な「ドバイ」。元々ペルシャ湾の鄙びた中継ぎ貿易拠点だったが、1960年代から、国家主導でフリーポートとして整備が進み、近年では中東一の巨大都市国家となっている。最近は税金の安さもあって、日本からも暗号資産で儲けた怪しい富裕層の移住先として話題に上ることも多い土地だ。名前ぐらいは一度は聞いたことがあるだろう。近年では新興国を中心に多くの国で、このドバイ・モデルを真似する国が出てきている。サウジやカタール、バーレーンなどのペルシア湾岸諸国に加えて、最近ではエジプトなどでもドバイを真似た新首都の建設が進んでいる。
コロナ禍で新興都市国家が健闘
このシンガポールやドバイに代表される「都市国家」だが、このコロナ禍への対応で意外に健闘した。元々住民の大半が外国人労働者であることや、狭い地域に住民が密集していること、専門的なスタッフや医療資源の不足から「イチコロ」になると思われていた。しかし実際には、政府の強力なイニシアチブで有効な対策を矢継ぎ早に導入、コロナのコントロールに成果を上げて世界を驚かせた。
欧米の国民国家は失敗
一方で、「グダグダ」な対応に終始したのが、欧米や日本のような従来からの「国民国家」だろう。本来であれば、強力な政府と多くの医療機関や専門スタッフを擁する従来型の国民国家が、コロナに一番効果的に対応できると思われていた。
しかしふたを開けてみると目立ったのが、目立ちたがるだけで無能な政治家や、非効率な官僚機構、無気力で無責任な専門家、無駄の多い医療システムなどだった。批判を浴びて袋叩きに遭っているいる日本政府はまだましな方で、欧米に至っては強力なロックダウンを導入したにも拘わらず、数十万人から百万人を超える犠牲者を出した。
さらに危機の最中に目立ったのが、欧米での物資不足だろう。マスクだけでなくガウンなどのPPE(個人防護具)や人工呼吸器など、医療資源の殆どを中国に依存していることが露呈した。昔と違い欧米諸国が必要な物資を生産していない現状が露わになった。
国民国家の勃興と黄昏
この状態を目のあたりにして感じたのが、もしかしたら欧米や日本などの従来型の国民国家が”賞味期限を迎えた”のかもしれないということだ。
フランス革でで国民軍の登場
元々現在主流の欧米や日本のような「国民国家」が登場したのは意外に最近で、19世紀になってからだ。それまでは国家と言えば専制君主の王政がメインで、国民は年貢を取り立てる「搾取の対象」でしかなかった。要は国民(農民)が死のうが生きようが国家(支配者)には関係なかったのだ。
それが変化し始めたのが、18世紀末に勃発した「フランス革命」だと言われている。このフランス革命の際に、フランス革命政府は、それまでの貴族と傭兵が主体の軍隊から、農民や商人、学生が主力の「国民軍」を組織して周辺各国の介入と革命潰しに対抗した。
当初は素人の寄せ集めと思われていたこの「国民軍」だが、ナポレオンという天才軍人の出現もあり、周辺各国の軍隊を撃破、最後には欧州全体を支配下に納めてしまった。
素人兵士中心のフランス軍が勝利を収めたのは、略奪と金が目当ての傭兵に対して、「自由と民主主義と言うイデオロギー」に燃える兵士たちが命知らずだったからだ。そして何より「無尽蔵」で「ほぼ無料」の兵士を国民軍が大量に動員出来たからだ。要は「使い捨て」だ。
民主主義=効率的な戦争マシーン
ナポレオン戦争後に欧州各国はフランスを真似て国民軍を作り始めた。そこで問題になったのが、国民の反乱だ。もし国民に無造作に武器を与えると、当然のことながら「一揆」が起きるかもしれない。そうなればフランス革命の二の舞になって藪蛇(やぶへび)だ。
そこで誕生したのが民主主義だ。選挙で代表を選んだ気にさせれば、愚かな国民は自分が国の主人公だと勘違いするだろう。更にマスメディアを使ったプロパガンダで愛国心を徹底的に植え付けるシステムが第一次世界大戦中に完成した。
学校も保健所も戦争目的
また国民国家の仕組みを強化するために様々な仕組みが考え出された。義務教育や住民登録などの国民登録システム、税の徴収システムなどだ。反政府の牙城のように見える大学も、そのほとんどが軍事技術を開発するために設けられたものだ。軍隊に伝染病が蔓延するのを防ぐために、予防接種が全国民に普及したのもこの頃だ。子供のころから健康診断を受診させ、保健所が公衆衛生を管理するのも、本来の目的は、健康で強い兵士を育てるためだ。
今当たり前のように思っている国家や政府は、実は全ては戦争のためだった。
生産力=軍事力
この国民国家システムが頂点に達したのが第二次世界大戦だろう。戦いの勝敗を決したのは「生産力」だった。敵味方とも数万機の航空機や戦車を短期間に製造して、戦場で正に”消費”していった。大量の兵器を短期間に製造できる能力が勝敗を決めた。
副作用で科学が爆発的発展
また皮肉なことに、タダで死んでくれる大量の兵士を養成するこのシステムが作用することで、19世紀半ばから科学技術が異常な発達を遂げるようになった。そして人口も教育や医療の普及の影響もあり、まさに”指数関数的”に増加することになった。今生きている私たちの殆どは、以前なら伝染病や栄養失調で子供のうちに死んでいただろう。私たちは技術と国家に”生かされている”のだ。要はチワワみたいなペットの室内犬のようなものだ。
国民軍の陳腐化
核兵器の登場で大量の歩兵が不要に
ところが時代が下って現代になると事情が変わり始める。まず初めは「核兵器」の登場だ。第二次世界大戦の末に原爆が開発されたことから、従来型の大量の歩兵は、ほぼ不要となってしまった。もう第一次世界大戦型の大規模な歩兵同士の戦闘は起こらなくなった。第二次大戦後になると、戦いの主流は、テロやゲリラ戦に移行していった。
消費者としての国民が核兵器を支える
ただ「核兵器の時代」になっても国民が多いことは武器になった。それは大量の核兵器を製造配備するためには、強い経済力が必要だったからだ。大規模な生産力無くしては、核兵器を製造することは出来ない。また原爆製造にかかる巨額の費用を賄うことも出来ない。そのため無用の長物と化したかに見えた大量の国民も、経済を支える消費者となる事で間接的に役に立った。
兵器のハイテク化
一方で、1960代のベトナム戦争以降に兵器のハイテク化が劇的に進んだ。1991年の湾岸戦争では、ハイテクで武装した米軍に、旧来型のソ連製兵器を装備したイラクの大軍が、一方的に撃破されるという事態が起きた。以前であれば大量の戦車や航空機を製造するために大工場とそれを支える大量の労働者(=消費者)が必要だったが、その必要性は徐々に薄れつつある。
兵士のプロフェッショナル化
21世紀に入り、戦争の主流がゲリラ戦やテロに移行するに従い、軍隊の主力が「高度に訓練された専門的な兵士」になってきた。衛星通信などの高度な通信機器を操り、ハイテク兵器で武装し、最近ではドローンなどロボット兵器を操作する必要も出てきた。もう高校卒業程度の教育しか受けていない従来型の兵士は無用の長物になりつつある。
PMC(民間軍事会社)の登場
最近になって軍事分野での顕著な現象の一つにPMC(民間軍事会社)と呼ばれる軍事サービスの登場がある。現在行われているウクライナ戦争でも、悪名高いロシアのワグネル社などの民間軍事会社が盛んに活動しているとの報道がある。ウクライナ軍に関してもハイテク兵器の訓練などで、この民間軍事会社に多くを依存しているらしい。
恩給が軍の重荷に
また大量の兵士を擁する従来型の軍隊では、退役した元兵士の高齢化にともない「年金」などの兵士に対する福利厚生が負担になりつつある。既に多くの軍隊で、年金や恩給などの人件費が兵器の調達コストを上回る事態が生じつつある。旧来型の軍隊は、戦場で無用の長物となるだけでなく、コスト負担も膨大になっている。米軍などは、輸送や調達業務を民間に委託して外注化することで、兵士の人件費などの”固定費削減”に努力しているが、如何せん限界がある。またイラクやアフガニスタンでの戦争では、民間請負業者による汚職や不正の蔓延が度々問題になった。
国民の面倒を見るのは面倒
もし仮に、高度なハイテク兵器で武装した少数のエリート兵士と民間軍事会社で、国家の防衛が可能ならば、多数の兵士による巨大な軍隊は不要になる。たとえ小国であっても、十分な財源と高度な技術と人材があれば、旧来型国家に対抗できる。もう巨大な軍隊は、無用の長物になってしまったのかもしれない。
国民も国家の重荷に
そうなると最終的には「大多数の国民も不要」になるかもしれない。以前であれば”人口の多さ”と国家の強さはある程度比例していた。大きな労働力と大きな消費市場は、それだけで世界経済で一定の影響力を発揮できた。日本がアジアでずば抜けた経済力を発揮できたのも、国土に比較して人口が多かったことに多くを負っている。しかし巨大な軍隊が不要になるなら、国民の大半も不要になる。
インフレに押し潰されるイギリス
実際に今回のコロナ禍の巨額の政府支出の影響で、既に一部で従来型の国家の破綻が起き始めている。代表例が最近起きたイギリスの金融パニックだろう。新しく任命されたトラス首相が、激しいインフレ下にも拘わらず「財源なき減税」を発表した途端にイギリス・ポンドと英国債が大暴落して首相は一ヵ月で退陣を余儀なくされた。かと言って輸入物価上昇によるインフレを政府の力で取り除く頃は理論的に不可能だ。残された道は、地道な生産性の向上と国民の間での負担の分散しかない。しかし手厚い社会保障と贅沢な暮らしに慣れ切った国民には、政府に要求こそすれ負担を受け入れる覚悟は無いだろう。
拡大するポピュリズム
各国で拡大しているポピュリズムも国民国家崩壊の前触れかも知れない。技術の高度化と経済のグローバル化により軍隊の主力(そして工場労働者)だった中間層が「無用の長物」と化している。かと言って能力の面から人材の高度化は現実的には難しいだろう。
勝ち組には国家のメリットが薄れつつある
高度な専門能力を有し所得の高い所謂「勝ち組」「上級国民」にとって、高い税や社会保障負担を伴う現在の国家システムは、重荷になりつつある。以前であれば物理的に移動が不可能だったが、IT技術が進歩した今では、世界中どこでも仕事が可能な環境が整いつつある。
民主主義は不要か
国民国家の柱の一つである”民主主義”も既に形骸化して久しい。日本では国政選挙でも投票率は半分程度だ。仮に勃興する都市国家が独裁的、専制的であったとしても、他の都市国家に容易に移住可能であれば、民主主義が無くても問題ないかもしれない。株式投資の様に自分の住む国家を自由に選ぶことが可能になれば、むしろ”顧客”である豊かな住民を繋ぎ留めておくために、国家は効率的な運営を行うように努力することも有り得る。
ハイテク兵器で武装した都市国家の誕生
今回のコロナ禍で露見した従来型の国民国家の弱点は、今後も悪化すれども改善する可能性は低いだろう。今後も次のパンデミックや金融パニック、大規模災害などの危機が発生する度に、旧来型の国民国家システムの非効率性が際立つ事態が発生するかもしれない。
一方で、シンガポールやドバイのようなハイテク都市国家に関しては、中央集権的で専制的な政府の元で、世界から集めた高度な専門家が、デジタル技術などを活用することで、従来型の官僚システムを上回る効率的な対応をするかもしれない。そうなると危機の度毎に世界のパワーが従来型国家から新興都市国家に移動することも起こり得る。
従来であれば、このような都市国家が単独で生き残ることは不可能だった。タックスヘブンなどを売りにする、要は一種の「寄生虫」的な存在だっただろう。
しかし都市国家の軍事力が国民国家のそれを上回るようになると、資源やエネルギーのある地域を例えばグローバル企業を使って「植民地化」して行くことが可能になる。そうなれば都市国家運営に必要な食料やエネルギーを自力で確保可能だ。
今のところ従来型の国民国家の方が規模の経済で優っているため優位性を(一応)保っているが、将来のある時点で、増大する社会システムの維持コストに、国民国家が押しつぶされる局面が訪れるかもしれない。
資格のある者だけが住める楽園
既にかなりの数の富裕層が旧来型の国家を捨ててドバイやシンガポールに移住している。ある程度の資産に余裕のある人間にとっては、ドバイやシンガポールは楽園だ。治安や上下水道などの衛生環境が厳格に保たれている。そして、なにより”税金が安い”。
しかし一方で、ハイテク軍隊で武装した都市国家に住むことが出来るのは、ある程度の資産と専門知識を持ったもの(と悲惨な外国人労働者)に限られることになるだろう。既にシンガポールなどでは、ビザの発給に際して資産だけでなく、グローバルなトップ大学卒などの学位を求め始めているそうだ。
欧米の衰退と都市国家の勃興
21世紀の中ごろまでには、今の世界の中心を占めている欧米の「国民国家」が黄昏の時代を迎え、アジアや中東(場合によってはアフリカ)などの都市国家が勃興し、世界の風景が一変しているかもしれない。
投資の前提が崩れる可能性も
この旧来型の国家の衰退と新興都市国家の勃興が実際に起きた場合には、私たち日本人の生活も一変することになるかもしれない。また投資に関しても旧来の常識が通用しなくなる可能性も有る。
しかし一方で、仮に都市国家中心の世界が到来したとしても、グローバル企業はむしろ旧来型国家を超える存在として世界に君臨し続けるようになるかもしれない。そして個人の能力と資産の多寡により人間の選別が進むことを考えると、やはりある程度の資産を持っておいた方がいいのかもしれない。
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