5年に一度の中国共産党大会が開かれ、事前の予想通り習近平総書記の三選が決定した。この異例の習近平三選を巡っては、様々な解説や分析がなされている。また独裁制を確立したことから、近い将来(一番近い予測では今年年末)に中国が台湾の武力統一に動くという観測がSNSなどに溢れている。
実は、この習近平総書記に関して、私は以前奇妙な話を聞いたことがある。今回は、この習近平を巡る奇妙な話を紹介してみたい。
一般に流布している習近平の話
習近平が中国共産党の総書記に就任したのは、ちょうど10年前の2012年に開かれた共産党大会でのことだ。この時に巷間では、習近平が選ばれた理由として以下のような解説が流布していた。胡錦涛をリーダーとする中国共産党のエリート組織である中国共産党青年団(「団派」)と、江沢民をリーダーとする上海閥の派閥争いが激化し、妥協の産物として中国共産党有力者の子弟である「太子党」の習近平が総書記に選ばれた、というものだ。当時、習近平は特に強い権限を持っている訳でもなく、クマのプーさんになぞらえるように、政争を繰り広げる他の共産党幹部と比べて、ボーっとしている「人畜無害のお坊ちゃま」という印象だった。
しかし私が事前に聞いていた習近平が中国のトップに選ばれた理由は、世間で流布していた以上のような話とは異なる。
2006年に中国共産関係者から聞いた奇妙な話
私が習近平の名前を初めて聞いたのは、総書記に選出された2012年より大分前のことだ。習近平が総書記に選出される6年前の2006年に、私は週末に中国語学校に通っていた。その学校で私に中国語を教えてくれた中国人の先生の親がたまたま中国共産党員だった。共産党員と聞くとオドロオドロシイ印象を受けるかもしれないが、共産党員といっても内陸部の地方都市の話だ。たしか地方都市の電力会社かなにかに父親が勤めていて共産党員と言う話だった。日本で例えるなら、田舎の公務員で自民党員といったところか。
この親が共産党員の先生が担当の時に、授業中にたまたま中国共産党の話題で盛り上がる時があった。その時に生徒の一人が、次の共産党のリーダーは誰がなるのかという質問をした。その答えが「習近平」だった。私が習近平の名前を耳にしたのは、この時が初めてだった。印象に残っているのが、中国人の先生が、あたかも当然の様に習近平の名前を挙げたことだ。
この会話が交わされたのは、習近平が総書記に就任する6年前の話だ。そして、その当時は誰も習近平の名前を聞いたことがなかった。日本のメディアでも習近平の名前を報道しているところは、まったくと言って良いほどなかった。習近平の名前を聞いた日本人の反応は「習近平って誰?」だった。
浙江省の総書記だから
中国人の先生から、中国の次のリーダーとして習近平の名前を聞いて、当然の疑問が浮かんだ。何故習近平なのかだ。中国人の先生によると理由は簡単で、「習近平が浙江省の総書記だから」というものだった。先生によると中国で一番豊かな地域である浙江省(上海市周辺を含む長江下流域の省)のトップが、次の中国共産党の総書記になるのは当然だというのだ。そして何故日本人が、これ程反応するのか逆に理解できない様子だった。
そして実際に習近平が選ばれた
2006年当時に習近平の名前を聞いた時は、正直半信半疑だった。とことが翌年の2007年になると習近平の名前が話題に上るようになった。当時上海では大規模な汚職の摘発が行われてた。そして当時の上海市長の陳良宇が罷免されると、新市長に習近平が突然任命されたのだ。この時までは、少なくとも日本のメディアでは、中国の次のリーダーの有力候補は団派の李克強で、ライバルとしては当時重慶市長をしていた薄熙来などの名前が挙がっていた。習近平の名前は実際に全くノーマークの状態だった。上海市長になった習近平は、その直後に異例の二段階飛びで、中国共産党中枢の政治局常務委員に任命され、突然に中国共産党のトップの仲間入りをした。
そして2012年に実際に習近平が、中国共産党の総書記に任命された。
日本の中国専門家は、実は何も知らないのかもしれない
私の中国語の先生の話が現実となったということは、習近平が中国共産党の総書記になるのは既定路線で、就任の6年前には既に決まっていたと言うことになる。そして内陸部の地方共産党幹部の間でも常識になっていたということだ。
以上の習近平に纏わる奇妙な体験をして以来、私は日本や海外の主要メディアや所謂「中国専門家」の話を話半分で聞くようになった。実は彼ら「自称中国専門家」は、なにも知らないのではないかと疑問を抱くようになった。
日本の政治も外からは分からない。
これは日本の政治でも一緒だ。以前1980年代までの高度成長やバブル経済の時代まで、海外では日本経済と社会は「通産省(MITI)」と「大蔵省(MOF)」の東大卒エリート・キャリア官僚が支配していると考えられていた。所謂「株式会社日本論」の類だ。
だが、日本人からすると、この「株式会社日本論」は全くの眉唾ものだ。実際の日本社会に根を張っているのは、「農協」や「土建屋」、更に「総会屋」や「ヤクザ」の利権ネットワークだった。政治を実際に動かしているのは、地域の農協のボスや特定郵便局のネットワークで、外からは見えない処で資金の配分や人事が決定されていた。
東日本大震災の際に発生した福島第一原発事故では、政治や行政から大学教授まで所謂「原発村」に巨額の原発マネーが流れていたことが白日の下にさらされた。その範囲は政治家から末端では原発のある自治体の草野球のチームまで原発マネーがばら撒かれていた。そして、この金の流れをコントロールしていたのが、人畜無害に聞こえる「電気事業連合会(電事連)」という組織だったと報道されている。ほとんどの日本国民が、CMの「デンコチャン」という名前でしか聞いたことがない組織が、実は政官学会に跨る巨額利権の元締めだったのだ。
最近も2020東京オリンピックに関する汚職に関連して、大手広告会社の「電通」の名前が度々取りざたされている。この「電通」に関しても、一部の関係者以外では、これほど大きな影響力を有していることを、当の日本人さえ殆ど知らなかっただろう。日本人でさえ知らないのだから、海外から見た時、一部の関係者以外に何故一広告会社の「電通」が、これ程の影響力を持っているのか理解しがたいだろう。
中国共産党に関しても、同じことが言えるのではないだろうか。
私論:習近平がトップになった本当の理由
それでは何故、習近平がいきなりトップに上り詰めたのだろう。私の中国語の先生が2006年に言ったように「浙江省のトップだったから」なのだろうか。正直、今一つ納得感が乏しい。以下は、私の個人的な考えで何の具体的根拠もないのだが、参考のために紹介してみたい。
温家宝が選挙をやろうとした?
一番の理由として考えているのが、胡錦涛時代の首相を務めていた温家宝が「選挙をやろうとしていた」という説だ。習近平体制となってからは想像もつかないが、以前から中国では地方の村レベルで、限定的ながら選挙のテストが行われていた。温家宝は、以前から中国政府を「人民の政府」と度々称しており、本格的な直接選挙導入を模索していたのではないかという話が以前からある。しかし中国全土を支配している中国共産党員の大半が、この考えに反対し、最終的に温家宝が権力闘争に敗れたという話だ。そして、この温家宝を含むエリートの共産主義青年団の動きに危機感を覚えた地方の共産党幹部や人民解放軍が結束して、習近平をトップに押し上げたのかもしれない。
台湾訪問を計画
温家宝が台湾訪問を計画していたとの話もある。中国政府の公式見解は、台湾は中国の不可分の領土の一つであり、台湾統一は内政問題だといものだ。そして当時も今も、中国は台湾を武力統一する選択肢を放棄していない。平和主義者の温家宝は、この台湾問題を何とか解決しようとして、武力による統一を放棄して、台湾訪問を計画していたといものだ。もしこの説が本当なら、保守的な共産党員から相当な反発があったはずだ。
その他、農業税廃止や日本との関係
以上の理由の他に考えられるのが、2005年に温家宝が地方の農業税を廃止したことも理由の一つに挙げられるかもしれない。中国の地方では地方政府が自由に農民に様々な税を課すことが行われていた。そして、この農業税が実態としては一種の「小作料」のような状態になっていたとの話が以前からある。地方の共産党幹部が一種の「地主階級化」してしまい、農民を搾取していたというものだ。温家宝は、この悪弊にメスを入れて農業税を廃止している。しかし冷静に考えれば、これは日本で言えば、コメの食管制度や地方交付税交付金に手を付けるようなもので、相当な政治力が必要になる案件だろう。日本や海外では殆ど報道されていないが、実は日本の国鉄民営化などに相当する大改革だったのではないだろうか。
また他には、温家宝が推進した日中関係の改善が、中国共産党の党員から拒否反応を示された可能性なども考えられる。
人民解放軍のボス
習近平のキャリアを考えるうえで殆ど話題にならないのが、人民解放軍でのキャリアだ。福建省や浙江省での習近平のキャリアに関しては、様々な逸話が語られている。しかし同時期に習近平は、人民解放軍で様々な役職についている。しかし、この人民解放軍での習近平の仕事に関しては、情報が殆どない。実は、下放から北京に戻り、大学卒業後に習近平が最初に就いた仕事が、中央軍事委員会での秘書の仕事だ。それ以降も地方に赴任した習近平は、常に人民解放軍での役職が付いて回っている。話題になる福建省や浙江省での役職ではなく、実はこの人民解放軍での役職の方が、習近平の本当の地位だったのではないだろうか。
中国共産党の権力基盤を歴史的に突き詰めると、最終的には「人民解放軍」に突き当たる。毛沢東の「権力は銃口から生まれる」の言葉は余りにも有名だ。そして鄧小平や江沢民など後の指導者たちも「中央軍事委員会」のポストは最後まで手放さなかった。人民解放軍に関しては、人事や予算も含めて、その内実は殆ど西側に知られていない。習近平の強力な権力基盤は、人民解放軍と考えると、習近平の強大な力も納得できる。
習近平の支持基盤は相当強い
日本や海外では習近平の権力に関して、汚職摘発などを通じた「強権的手法」への批判ばかりが目に付く。しかし、14億人の人口を擁し8000万人近い党員を誇る中国共産党のトップの地位を強権的手法だけで維持することが果たして可能なのか以前から疑問に思ている。むしろ地方の共産党員や、特に人民解放軍からの強力な支持があって現在の地位についているのではないだろうか。
日本人の知らない中国共産党の政治力学
この習近平に纏わる奇妙な体験をして以来、私は日本や海外の所謂「中国専門家」の話を「話半分」で聞くようにしている。曰く「習近平独裁体制」や「現代の皇帝」「共青団と上海閥の暗闘」などの類の話だ。彼らの話す中国共産党の内幕は、確かに話としては面白いが、実際の中国共産党内部の政治力学とは、かけ離れた話ではないかと疑っている。最近の「台湾有事近し」の話も含めて、海外で唱えられている「中国脅威論」「習近平独裁論」に関しては、相当割引いて聞いた方がよさそうだ
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