円安とインフレが続いている。6月17日にFRBが驚きの0.75%の利上げを実施した。翌日6月18日に開かれた日銀金融政策決定会合では、日銀は従来通り長期金利を低位に保つYYC(イールド・カーブ・コントロール)の継続を決めたことから、一旦円高方向に振れていた円相場は、あっと言う間に134円台に戻ってしまった。物価上昇が目に見え始めた日本では、黒田日銀総裁に対して個人攻撃を含むバッシングが激しくなってきている。
コストプッシュインフレに有効な対策は無い
まず初めに現在世界的な現象になっているインフレについて考えてみたい。今回起きているインフレは所謂「コストプッシュ型」のインフレだ。海外から輸入される原油などのエネルギーや小麦、トウモロコシなどの食料価格の上昇が主因だ。コロナ禍でインフレが始まった当初は、ロックダウンによる一時的な工場の閉鎖による部品不足や物資不足、コンテナー船の滞留など「サプライチェーン問題」がインフレの主因だった。今年に入ってからは、ロシアによるウクライナ侵略により、原油と小麦などの輸出量が減ったことが加わってインフレが加速する事態になている。
まず重要な点は、このような「コストプッシュ型」のインフレに対しては、「小手先の有効な対策は無い」ことを認識しよう。補助金や給付金を幾ら出しても原油や小麦の輸入価格は下がらない。取れる対策としては、「使用量を減らす」ぐらいしかない。
円高でも問題は一緒
日銀が金利を引上げてYYCを止めれば円高になって円建の輸入価格を引き下げられる!と声高に叫ぶ人も居るだろう。だが、金利を引上げたら引上げたで、国内では利払いが急増しインフレ以上に困窮する人が出てくるだろう。要はインフレの負担を国内で誰が負うのかの違いにすぎない。コストプッシュ型の輸入インフレを日本全体で帳消しにする安直な方法はない。
黒田総裁はいったい何を目指しているのか?
そんな中、日銀の黒田総裁は、どんな考えで「超金融緩和」を継続しているのだろう。それは、金融緩和を継続し、更に円安が進行した場合(例えば1ドル=150円)になった場合を考えてみれば分かるかもしれない。
1ドル=150円の世界
メリット1:インバウンド
まず考えられるのが、外国人観光客によるインバウンドの強烈な復活だ。以前からの中国人、韓国人、欧米人に加えて、円安がこの水準まで来ると、東南アジアの中間層にも「憧れの日本旅行」が手に届くようになってくる。猛烈な観光ブームが訪れるだろう。そうなれば、地方の観光地を中心に大きな雇用が生まれる可能性が高い。
メリットその2:国内産業の復活
既に一部で言われ始めているが、林業や農業など低迷していた国内産業が復活する可能性もある。
パンからおにぎりへ
すでに小麦と原油価格の高騰で、パンなどの価格が上がり始めている。一方で「お米」の価格は依然として安いままだ。もちろん今後は、燃料や肥料、農薬の価格上昇からお米の価格も多少は上昇しようが、輸入食品に比べれば緩やかなものになるだろう。
山が復活
また既に死んだ産業となっている林業に関しても、ロシアやカナダ、インドネシアなどからの輸入材の価格が高騰すると、再び日本の林業が価格競争力を取り戻す可能性もある。山が復活するのだ。
地場産業の復活
今治のタオルとか燕三条の金属食器とか岐阜のアパレルとか、円高と空洞化で壊滅状態に陥っていた国内の地場産業が復活することも考えられる。
メリットその3:現役世代の賃金上昇
円安のメリットとして見逃せないのが、現役世代の(名目)賃金の上昇だ。既に日本は少子高齢化の影響で極端な人手不足に陥っている。インバウンドなどの国内産業が復活する一方で、円安で外国人労働者のコストも上昇するので、最終的には日本人の現役世代の給与をインフレに連動する形である程度上げざるを得ないだろう。もちろん(名目)賃金の上昇以上にインフレが進行するだろうから、実は以前に比べて貧乏になっている可能性も高いが、(名目)賃金が上昇すれば気づかない人も多いだろう。
メリットその4:財政赤字削減
以外に思った人が多いだろうが、インフレでもYYCを継続して長期金利を強制的に低位に保った場合には、巨額の財政赤字が改善する可能性がある。これは、国債の利払いを抑制できる一方で、インフレにより(名目の)税収が増えるからだ。要は「インフレ税」だ。
メリット5:過剰貯蓄の解消と金利正常化
これも分かりにくい話だが、日本は「過剰貯蓄」に長年悩まされてきた。輸出産業がせっかく稼いだ経常収支だが、国内での消費に回らずに「過剰貯蓄」として国内に滞留し続けている。30年前のバブルの経済とその崩壊も、繰り返された強烈な「円高」も、その後の失われた30年と言われる経済低迷も、ある意味この「過剰貯蓄」が原因だ。
「過剰貯蓄」の原因に関しては諸説あるが、日本の場合、硬直的な金融システムと系列を中心とした大企業の硬直的な体制が原因ではないかと個人的には考えている。そして、この硬直的な経済システムが、競争力を失った「ゾンビ企業」を温存し、永年の日本経済低迷の原因となって来た可能性がある。
もし円安で一種の”キャピタル・フライト”が発生した場合には、円預金が大幅に減少して、外貨預金や外貨投資に巨額の資金が振り向けられることになる。そして一度流出した資金は、もう戻ってこないかもしれない。最終的に、国内の産業は預金(資金)不足から(世界標準の)高い金利を要求されることになる。そして非効率な「ゾンビ企業」は淘汰されていくことになるかもしれない。
デメリット
高齢者の預金目減り
円安と急激な物価上昇で一番ダメージを受けるのは、”預金を持っている高齢者”だろう。既にドルベースでは日本円の預金は、年初から10%近く購買力を失っている。殆どの預金者がこの事実に気づいていないが、何れかの時点で円預金から(外貨預金や不動産などへの)大規模な資金移動が始まるかもしれない。また現役世代の(名目)賃金上昇と高齢者の預金目減りが同時進行すれば、「高齢者から若者へ」の富の巨大な再分配が起きる可能性が高い。
東京の優位性喪失
円安により輸入物価が上昇し、食料や衣料などを国内での供給に頼らなけらばならなくなった場合、東京を中心とした大都市の比較優位性が、ある程度薄れる可能性がある。過去20年程の間、東京など大都市のホワイトカラー層は繁栄を謳歌して来た。デフレでも給料はそれほど下がらず、物価だけが下がっていった。コロナ禍でもリモートワークが出来たのもこの階層だ。またコロナ禍にも拘わらず、タワマンなど東京の不動産だけは高騰を続けていた。しかし円安とインフレが定着すれば、東京から地方への一種の強制的な所得移転が発生するかもしれない。
大規模な所得移転と格差解消
日銀がインフレと円安を物ともせずに、今後も異次元の金融緩和と指値オペを中心とするYYC(イールド・カーブ・コントロール)を強力に推し進めた場合には、結果として長年に渡って日本経済、社会の問題とされてきた課題を一気に解消する可能性がある。もしかしたら黒田日銀総裁は、これを目指しているのかもしれない。
東京都地方の格差解消
円安で輸入物価が上昇すれば、東京に対しする地方の相対的な優位性が上昇する。輸入食料価格の上昇は、国内農業を復活させ、インバウンドの増加は地方の観光地を活性化し、地方の雇用を復活させる。一方、東京などの大都市ではインバウンドで多少は潤うかもしれないが、食料や衣料などの生活費が上昇してデメリットが多い。結果として、東京から地方への大規模な所得と資産の移転が発生する可能性がある。
高齢者と若者の格差解消
超高齢化の結果として日本では、若者と高齢者の格差が極端に拡大している。年金などの社会保障でガッチリ保護されている高齢者は、国内の金融資産の大半も握っている。一方で”ロスジェネ”を中心とする現役世代は、非正規雇用と低賃金に苛まれ、結婚や子育てなどの人間としての基本的な尊厳までをも奪われている。超円安とインフレは、この世代間格差を一気に解消する劇薬になる可能性がある。
結論:これは革命かもしれない
結論としては、黒田日銀総裁は、金融政策を通じた一種の社会革命を目指しているのかもしれない。シルバー民主主義で政治が機能不全に陥っている中、一人で金融政策を使った革命を意図しているのかもしれない。
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