ロシアのウクライナ侵略以来、為替市場で円安が進行している。新型コロナパンデミックが始まった直後には、一時105円台まで円高が進んだ時期もあったが、その後急速に反発、最近は一ドル115円近辺での動きとなっていた。ところが、ウクライナ危機が伝えられ、ウクライナ戦争が勃発し原油価格が高騰するのに合わせて円安が進行し始めていた。
さらに3月17日のFOMCでFRBが事前の予告通りに2年ぶりの利上げに踏み切ったことから、為替市場では、円安が更に侵攻し120円台を伺う展開となっている。
黒田日銀総裁も円安を容認か
3月18日に行われた金融政策決定会合後の記者会では、黒田日銀総裁が、円安容認ともとれる発言を行い、為替レートは、一時、一ドル119円台まで円高が進行している。黒田総裁は会見で、原油などの資源価格上昇が景気悪化要因になるとして、現行の金融緩和政策を変更する必要性を否定した。
経常収支も赤字が定着か?
加えて昨年来の原油価格の高騰などを受け、日本の経常収支が、2022年1月分も赤字となったことが発表された。既に日本の経常収支に関しては、貿易収支がほぼ収支トントン。企業の海外直接投資による利益である第一次所得収支による黒字に依存する体質になっていた。そこに資源価格の高騰により貿易収支が赤字化してしまった。日本経済は、過去40年近くに渡って経常収支の黒字を維持してきた。もし現在の経常収支の赤字が定着するようになった場合、日本経済の大転換点になるかもしれない。
円安でも日銀は金融緩和を止めないかもしれない
以上の様な状況から、もし日本でもインフレが定着するような場合にには、長年続いた「超異次元の金融緩和」の終焉が予想される。しかし本当に日銀が金融引き締めに動けるのだろうか。
長期金利が上昇したら財政破綻の危機も
そこで問題になるのが度々話題に上る日本政府の巨額の財政赤字だ。その額は約1000兆円、地方も合わせると1600兆円とも言われている。
もし日銀が現在の超異次元緩和(量的質的金融緩和QQE)を中止し、約30年ぶりに本格的な利上げに政策転換した場合、長期金利も急上昇して、日本政府は財政破綻の危機に陥る可能性がある。
インフレでも長期金利を抑制?
そこで考えられるのが、インフレにも拘わらず日銀が現行のQQE(量的質的金融緩和)を継続する場合だ。短期金利は引き上げるかもしれないが、長期金利の抑制を継続するかもしれない。その場合何が起こるだろう。
日銀がQQEを継続した場合の(な~んちゃって)シミュレーション
そこで試しに持続的に2%の物価上昇が続いているにも関わらず、日銀が長期国債の買い入れを継続して、長期金利を現行レベルより若干高い1%程度に抑制した場合の財政赤字のシミュレーションをしてみた。
その結果は以下表のとおり。
| 2022 | 2023 | 2024 | 2025 | 2026 | 2027 | 2028 | 2029 | 2030 | ||
| 【インフレと金利】 | ||||||||||
| インフレ率(%) | 2.0% | 2.0% | 2.0% | 2.0% | 2.0% | 2.0% | 2.0% | 2.0% | 2.0% | |
| 短期金利(%) | ||||||||||
| 長期金利(%) | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | |
| インフレ指数 | 1.02 | 1.02 | 1.04 | 1.06 | 1.08 | 1.10 | 1.13 | 1.15 | 1.17 | |
| 弾性値 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | |
| 【政府予算】 | ||||||||||
| 支出(兆円) | ||||||||||
| 一般会計 | 78 | 79.6 | 82.8 | 87.8 | 95.1 | 105.0 | 118.2 | 135.8 | 159.1 | |
| 利払 | 9 | 10.6 | 10.8 | 10.6 | 10.5 | 10.3 | 10.1 | 9.9 | 9.8 | |
| 償還額 | 15 | 17.7 | 17.9 | 17.7 | 17.4 | 17.1 | 16.9 | 16.6 | 16.3 | |
| 小計 | 102 | 107.8 | 111.4 | 116.2 | 123.0 | 132.4 | 145.2 | 162.3 | 185.2 | |
| 収入(兆円) | ||||||||||
| 税収 | 70 | 72 | 76 | 81 | 89 | 99 | 112 | 130 | 154 | |
| 差額 | 32 | 36 | 36 | 35 | 34 | 34 | 33 | 32 | 32 | |
| 赤字比率 | 31% | 33% | 32% | 30% | 28% | 25% | 23% | 20% | 17% | |
| 【国債】 | ||||||||||
| 平均残存(年) | 7 | 7 | 7 | 7 | 7 | 7 | 7 | 7 | 7 | |
| 新規発行(兆円) | 176 | 205 | 207 | 205 | 201 | 198 | 194 | 191 | 188 | |
| 旧利子(%) | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | |
| 新利子(%) | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | 1.00% | |
| 旧債務(兆円) | 900.0 | 885.0 | 870.3 | 855.7 | 841.5 | 827.5 | 813.7 | 800.1 | 786.8 | |
| 新債務(兆円) | 0.0 | 175.6 | 204.9 | 207.2 | 204.6 | 201.2 | 197.8 | 194.4 | 191.0 | |
| 国債残高(兆円) | 900.0 | 1,060.6 | 1,075.2 | 1,063.0 | 1,046.1 | 1,028.7 | 1,011.4 | 994.5 | 977.8 | |
| 利払(兆円) | 9 | 11 | 11 | 11 | 10 | 10 | 10 | 10 | 10 | |
| 【経済】 | ||||||||||
| 実質GDP(%) | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | 1.0% | |
| 名目GDP(指数) | 1.03 | 1.03 | 1.05 | 1.07 | 1.09 | 1.11 | 1.14 | 1.16 | 1.18 | |
| 名目GDP(兆円) | 560 | 577 | 606 | 649 | 709 | 790 | 897 | 1040 | 1229 | |
| 債務/名目GDP(倍) | 1.61 | 1.84 | 1.77 | 1.64 | 1.48 | 1.30 | 1.13 | 0.96 | 0.80 | |
| 債務/名目GDP(%) | 260.7 | 283.9 | 277.5 | 263.8 | 247.5 | 230.2 | 212.7 | 195.6 | 179.6 |
表を見ていただければわかると思うが、一般会計の赤字比率は、2023年度をピークに緩やかに低下していく。また政府債務のGDP比率も2023年度をピークに低下していく。現実性は低いが、このシミュレーションを単純に延長していくと、2030年代の初めには、政府予算に対するる赤字国債の比率が20%以下に低下して、実質的にプライマリーバランスが達成できる。さらに2030年代後半には、政府債務のGDP比率が100%を割り込む。なぜ、このような都合のいい話になるかと言うと、インフレに伴って税収が増加するからだ。このシミュレーションでは、税収がインフレ(+実質経済成長)に単純に連動する(弾性値=1)で計算してある。
短期金利は引き上げか?
ただし仮に長期金利を抑制した場合でも、インフレが進行すれば短期金利は、ある程度引き上げざるを得ないだろう。もし短期金利(=預金金利)も低位に抑制した場合には、普通預金などから大量の資金が、例えばドルなどの外貨預金にシフトし、猛烈な信用収縮が起こる可能性が高い。国内で一種のキャピトルフライトのような状態が起こり、金融危機が発生してしまう可能性がある。そこで短期金利は引き上げざるを得ないだろう。
ただし猛烈な円安も
もちろん旨い話の裏には、罠があるのは当然。もし日銀がインフレ下でも長期国債の買い入れを継続して長期金利を抑圧した場合にも甚大な副作用が生じる可能性が高い。具体的には、2%の持続的な物価上昇が2030年まで続いた場合には、物価指数が約17%上昇することになる。ザックリいうと物価が今より2割上昇する。にも拘わらず長期金利を1%台に無理やり抑制するのだから、その皺寄せは為替市場に来ることになるだろう。要は円安だ。本当にざっくり計算すると、昨年の為替レート115円を基準にすると、一ドルは138円程度、実際は140円台まで円安が進むことになるかもしれない。コロナ前のFRBが利下げする前のドル円レートのピークが124円台だったことを考えれば、それに2%のインフレが上乗せされるので、あながち的外れでもないだろう。
円安以外の予想外の副作用も
インフレにも拘わらず、日銀が長期金利を抑制した場合には、大幅な円安が進行する可能性が高い。しかしそれ以外にも予想外の副作用があるかも知れない。特に懸念されるのが銀行と年金などへの影響だ。
住宅ローンの逆ザヤで金融危機
今の日本の住宅ローンの大半が長期金利を基準とする変動金利だ。銀行は、長期金利が上昇すると住宅ローンの適用金利を引き上げる。しかし日銀が長期国債の買い入れを継続して長期金利を1%程度に抑制した場合には、住宅ローンを貸し出している銀行に「巨額の逆ザヤ」が生じる可能性が高い。短期金利が引き上げられた場合には、長期金利との差が逆ザヤになる。1兆円の住宅ローンで1%の逆ザヤが生じると単純計算で100億円の損失となる。住宅ローンの比率の高い地方銀行などの中には経営危機に陥るところが出てくるかもしれない。そうなると金融危機だ。
年金への影響は?
年金、特に公的年金への影響はどうだろう。今回は年金に関してはシミュレーションをしていないが。インフレ下で長期金利を抑制した場合には、メリットとデメリットの両方が考えられ宇。
年金へのデメリット
デメリットとしてまず考えられるのが、インフレに伴い年金給付が増加することだ。ただしマクロスライドが導入されていることから、給付の増加がインフレに追いつかない事態が想定される。要は実質的な年金の減額が行われる可能性が高い。
一方で運用資産の多くを占める日本国債は、巨額の評価損の計上は避けられるものの、インフレによる給付増加を十分カバー出来ないかもしれない。結果として現在200貯円弱ある積立金の取り崩しが早まるかもしれない。ただ、GPIFが運用している資産には、相当程度の株式や外貨資産が含まれることから、円安とインフレで資産が増える可能性もある。
年金へのメリット
インフレが発生すると公的年金にはメリットも生じる。それは名目賃金がインフレに連動して上昇することで、現役世代からの年金保険料が増加することだ。この面では年金財政にはかなりのプラス要因となろう。
生保の年金や企業年金にはデメリット
公的年金以外では、多くのサラリーマンOBが加入している企業年金などはどうだろう。今までのデフレ化では、確定給付の企業年金(DB)は、実質的に給付額が増加していたが、インフレ下での目減りは避けられないだろう。一方で確定拠出型年金(DC)要はiDeCoなどに関しては、株や外貨建て資産の多い人には、インフレと円安でメリットになるかもしれない。
また、多くの人が加入している生保などの10年満期などの確定給付型の年金商品もインフレで実質受取額が大幅に減少する可能性が高い。
老後資金の見直しが必要かも
以上のように仮に日銀が、インフレ下でも長期金利の抑圧を継続した場合には、庶民の生活に大きな影響が出ることが予想される。特に年金や老後資金への影響は、商品毎にまちまちになる可能性が高く、今までの老後資金の準備とは違う対策が必要になるかもしれない。
次の投稿では、円安とインフレが発生した場合の具体的な影響と資産防衛法を考えてみたい。
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